サボテン
執筆:猫冶(リディアン)
挿絵:千景(ハーティム)/秋吉本家(カーミル・タウフィーク・ルトフ)
 真っ青な空の下、乾いた大地に佇む三人の男たちがいた。
 目の前に広がるのは水気の無い岩や風に舞う砂塵ばかり……のはずだった。

「あはっ。なんや結構いっぱい居るモンやなぁ~♪」

 へらりと笑って言うのはリディアンである。
 太陽を思わせる明るいオレンジ色の髪や朱色の服と同様、性格も極めて明るく人懐っこい。
 今は長い髪を後頭部でお団子のようにまとめて布で包んでいるため、一層活発そうに見える。
 青年とも少年とも言えそうな容姿とその無邪気そうな言動もあいまって、実際の年齢(二十代前半らしい)よりも幼い印象を周囲に与えている事は否めない。
 だが、彼が火のジンだと知れば大体の人間は「ああ、そうか」と納得するだろう。
 ジンという長命な種族において、外見と年齢が必ずしも一致するとは限らないからだ。

「ほぉ、これはなかなかに壮観な……」

 形の良い顎に指を添えてカーミルが感心したように呟いた。
 精悍な顔立ちに優雅な物腰の彼は、リディアンの少年めいた軽やかな明るさとは対照的な、大人びた男性的な華やかさの持ち主である。
 年は20歳そこそこだろうか。風にそよぐ水色の髪は波のようにうねり、その口には絶えず余裕の笑みが浮かんでいた。
 均整のとれた身体を彩る装飾品の数々も質の良いものばかり……黙っていれば、まさに女性の憧れを絵に描いたような青年だ。
 だが、口を開けば詩人顔負けの美辞麗句に彩られた言葉の数々が飛び出し、他を圧倒させた。

「…………」

 二人の後ろから目的地を見やり、ハーティムは眉間に皺を寄せていた。
 赤い髪と髭、金色の射るような瞳に加え、刺青の彫られたその顔は、愛想というものを無視して生きて来たかのような仏頂面だった。
 さらには、人一倍高い身長の持ち主でもある。当然といえば当然ながら、その外見を初対面の人間から怖がられる事も多い。
 だが、少しでも交流のある者ならば、口を揃えて「彼は真面目な男だ」と評してくれるだろう。
 良く言えば実直、悪く言えば融通の利かないカタブツな性格なのだ。
 落ち着きのある態度と厳粛な雰囲気から、彼が三人の中で一番年長のようにも見えるが、実際にはカーミルと変わらない年若い青年である。


 三者三様に個性的なメンツだった。
 性別こそ同じだが、傍目には共通点など無いように見える。
「あはっ、ほなお仕事がんばりマショかー♪」
 まるでピクニックにでも来たかのように、楽しそうにリディアンが言った。
「ふっ、俺にはいささか役不足だが、お前たちだけでは大変だろうから手を貸してやろう。俺は人間関係を大切にする男だからな」
 道中「華がない」と嘆いていたカーミルも、その眼に愉快そうな色を浮かべて目的地を見据えていた。
「……ひとまず、あの岩場の影まで行って様子をみることにしてはどうだろう。あそこならラクダを待機させておいても問題ないだろう」
 と、目的地から数十メートル離れた場所をハーティムは指し示した。


 彼らはとある隊商に所属する護衛、つまり仕事仲間である。
 リディアンは魔法士、カーミルとハーティムは戦士だ。
 今回、隊商を離れて砂漠の一角に彼らが訪れたのは、とある依頼のためだった。




 今をさかのぼる事十数時間前――昨日の夕方頃のことである。
 リディアン、カーミル、ハーティムの三人は、隊商の世話役である女性マリーヘの前に集まっていた。
 明るく気風の良い彼女は「マリ姉さん」と隊商内でも親しまれていた。

「マリーヘはん、はろーん♪」
「御機嫌ようマリーヘ」
「何用だマリーヘ殿」

 ……せっかく愛称を紹介したのに、この場には誰も呼ぶ人物がいませんでした。
 よく考えてみれば成人男性があんまり呼ぶ愛称じゃないですよね。中には呼ぶ人もいますけれども、主に年下や女性から呼ばれやすい愛称でしたね。

 閑話休題。

 マリーヘは三人をざっと見渡し、上機嫌に言った。

「あなたたち、明日暇かしら? 暇よね? ちょっと行って取ってきて欲しい物があるんだけど、頼めるかしら」
「ふっ、俺がお前の頼みを断るはずがなかろう」
 即答したのはカーミルだ。
「これも水の女神のお導き……お前の力になれる事を女神に感謝しよう」
 芝居がかった仕草も彼の個性の一つであるが、人によって好き嫌いが分かれるのが常だった。
 早々にカーミルが引き受けてしまったマリーヘの頼み事だったが、リディアンとハーティムも特に異論はないらしく、ひとつ頷くと詳しい話を聞くことにした。
 偶然か故意の選抜なのか、マリーヘの集めた護衛たちは女性に対して甘い性格だった。

「依頼主は、今私たちがお世話になっている隊商宿の女将さんよ。なんでも、自家製のお酒を作るために、その材料を取ってきて欲しいらしいわ」

 三人は宿でよく動き回っている、恰幅のいいエプロン姿の女性の姿をすぐに思い出した。
 旦那さんを早くに亡くして、女手一つで宿を切り盛りしている働き者の女主人だ。

 マリーヘの話によると――
 毎年、この時期には遠くの街に住んでいる女主人の息子が母親の身を案じて帰郷していたらしく、里帰りついでにそのお酒の材料も取ってきてくれていたのだそうだ。
 ところが、今年はその息子さんが都合により帰郷時期が遅れるという。
 お酒の材料は今のこの時期にしか取れないものだった。
 女主人は仕方なく自分が取りに行こうかとも思ったが、隊商宿の仕事を放って行くわけにもいかず、かといって今年その材料が入手できなければ、来年この宿屋の名物である自家製酒をお客さんに提供できなくなってしまう……
 隊商宿は一般的な宿屋同様、一階が食堂になっているため、街の人々も仕事帰りなどに良く立ち寄ってくれたりもしていて、この宿屋の自家製酒のファンもなかなかに多かった。
 そこで困った女主人は、ちょうど宿に泊まっていた隊商の世話役に相談を持ちかけた、というワケだ。
「必要な道具はすでに用意済みよ」
 マリーヘは部屋の隅に置かれた荷物を指差した。
 丈夫そうな麻袋が十数枚束ねられており、その上には簡単な手書きの地図がのっていた。
 それから、虫取り網の特大版のようなものが2本。これで材料を取るのだろう。
 帰りに荷物を運ぶためのラクダも、翌朝貸し出してくれる手はずになっている、と得意そうにマリーヘ。
「材料についてはリディアンが詳しく知ってるから、彼に聞いてちょうだいね」
「へ? オレ?」
「あなた、昨日そのお酒について色々話を聞いたんでしょう? 女将さんがそう言ってたわよ?」
「昨日……ああ! アレか!」
 いきなりまる投げされてきょとんとしていたリディアンだったが、すぐに心当たりに思い至ったらしい。
「そーゆーたらお酒の材料とか取り方とか作り方とか教えてもろーたわ。なんや面白そーやけど、毎年大変みたいやで~」
 おもちゃを与えられた子供のように、その目は輝いていた。
 面白そうな酒造方法とは何なのだろうか。
 そんな事をちらりと思ったマリーヘだったが、にっこりと笑って三人に言った。
「それじゃあ、後はよろしくね!」

 そうして彼らは、いつもといえばいつものごとく、マリーヘの仲介する街の人々からの依頼の一つを請け負ったのだった。



 目的地は、隊商が滞在する街から東に数十分ほど歩いた所だった。
 地上の人間なら間違いなく目印を見失って迷う距離だが、ジンが空から見渡せば、街の一角がはっきりと肉眼視できる程度の距離のため、帰り道に困る事はないだろう。

 護衛三人組は岩場の影でひとまず休憩をとりつつ、作戦会議を始めた。
 まぁ、単に手順の確認のようなものである。
 用意された道具類からも分かる通り、材料確保の手順はいたってシンプルだ。
 網で絡め取り、麻袋に入れるだけ。

「リディアン殿、一つ確認しておきたいのだが……」
「ん? なんや?」

 眼前には茶色い地面が続く中、ある一帯だけ一面の緑色と化していた。
 それは、どうやら植物の群であるらしい。
 岩場の影から静かに植物たちを観察していたハーティムが、重々しく口を開いた。

「これは……何だ?」

 数は、十や二十でははなはだ足りないだろう。おそらくは百に近い……大群だ。
 大きさは、個々にしてばらつきはあるが、おおよそ大人の頭ほど。
 青々とした濃い緑色の茎は肉厚で丸っこく、平たい葉の代わりに鋭い棘を無数に装備している。

 砂漠で生活する者ならば、誰でも目にした事のある植物――――

「サボテン!」

 きっぱりと答えるリディアン。
 ハーティムとて、それくらいは承知していた。だが、

「私の知る限り、サボテンはこんな活発な植物では無かったと思うのだが!?」

 そう、サボテンたちはその辺一帯を跳梁跋扈していたのだ。まさに、文字通り。

 球形の身体を生かして転がるサボテンがいれば、棘を器用に動かして駆け回るサボテンが目の前を横切り、仲間のサボテンの上に登り勢いを付けて跳ね上がるサボテンもいる、とその移動っぷりは実にさまざまである。
 ちなみに、根っこらしきものは見受けられないようだ。

「ん~……っちゅーわれてもねぇー。オレも初めて見るモンやし、何やて聞かれてもなぁ?」
 見る限り、目や耳などといった機関もなさそうである。サボテンに擬態した動物(例えば、緑色のハリネズミとか)というわけでもないだろう。
「どっちかっちゅーとルフに近いんかもねぇ~」
「サボテン型のルフというワケか。どちらにしろ、この愉快なサボテンで酒を作ってみようと思いついた、その発想の奇抜さは驚嘆に値するな」
「けど結構美味いんやで~♪」
 アルコール度数は高めだが、すっきりとしたのど越しがウリのお酒だった。男性だけでなく、甘い果物の果汁で割っても美味しいと女性にも人気は高い。

「ところで、網が二つしかあらへんのやけど、どないしよ?」
 棘だらけの動くサボテンを素手で捕まえるのは遠慮したいところだった。
「役割を分担するのが妥当だろうな」
「網で捕まえる係と袋入れる係?」
「そういうことだ。察しが良いのは美点だな」
「あはっ、ありがとーさん♪」
 その二択以外になにがあるのだろうかと、二人のやり取りを聞いてハーティムは思った。
「では、私とカーミル殿で捕獲を担当しよう。リディアン殿は袋を頼む」
「ふむ。リディアンは空を飛べる分、機動力があるからな。確かに適任だろう」
「ん、ええよ~。ほな二人とも大漁期待しとるで♪」

 サボテンの群れに近づくと、サボテンたちは彼らを怖がるでもなく相変わらずわらわらとうごめいていた。
 群れの中まで進むと避けたが、逃げるとうより障害物を避けて通っているだけのようだ。
 どこかを目指しているのか、サボテンの群れは飛び跳ね転がりながら、少しずつ前進していった。その移動速度はラクダの歩みよりも遅い。
 網で捕まえようとすると、さすがに逃れようと跳躍距離を伸ばした。
 だが、接近戦を得意とするカーミルと長柄物を得意とするハーティムである。最初は手こずっていたが、すぐにコツをつかんだらしく、次々とサボテンを網で捕え、リディアンの持つ麻袋の口へと放り込んでいった。
 サボテンたちは袋の中に入れられると、とたんに大人しくなった。
 暗い所では動かないらしい。




 
「ん、こんなもんやろかねぇ~」

 ものの数時間で、持ってきた袋すべてにサボテンが詰められた。

「では、そろそろ戻ろうか」
「せやねぇ~」

 満杯の麻袋をラクダに積んで、三人は街へと戻った。
 サボテンはそのまますぐに宿屋の女主人に引き渡された。

「あー、そーゆーたらまだ聞いてへんかったけど、これって報酬とかってあるん?」
 リディアンはふと疑問に思った事をマリーヘに聞いた。
 普通、最初に聞いておくべき重要事項のはずである。
「報酬は現物支給よ」
 にこにことマリーヘは座っている樽をばんっと叩いた。
 樽は全部で5つ。活発なサボテンで造られた、宿屋特製の酒が中にはたっぷりと詰まっている。

「さぁ、今日は皆で飲むわよー!」