相反するもの
執筆:Nasato(ムハンナド)
挿絵:蓮花(ザビエラ)/nina6(ヨミ)
 隊商宿の中庭に、所狭しと張られた天幕。
 そのうちのひとつの中、風が通るよう持ち上げられた戸布の向こうで、小柄な少女が絨毯の上に何枚もの札を広げていた。
 それを落ち着き無く見守るのは髭を蓄えた貧相な中年男、彼が密かに固唾を呑んだその瞬間、少女の声が沈黙を破った。

「……出た」

 おお、と男は身を乗り出す。少女は再び黙してじっと手札を見つめていたが、しばしののちに小さく呟いた。
「“待ち伏せるものあり。双たり且つ相反するものにて守るべし”……じゃと」
 その言葉に男は、おお、と、今度は震えた声を上げた。


 この男は、余所の街からここ幻都の骨へ来た学者である。他多くの学者と同様に、護衛を付けて遺跡に調査へ行こうとしている次第だった。
 しかしこの彼は人並み外れた心配性、しかも迷信深いたちであった。その度合いときたら、遺跡に連れて行く護衛まで、「確実」な占いで選ぼうとする程度である。
 そして今回彼は、どこからか噂を聞きつけて、幼いながらに腕のいい呪術師であるこの少女――ザビエラに、占いを依頼しにやってきたのだった。

 その結果が、先ほどの言葉である。

 男は軽く身を乗り出した。
「……して、どういうことなのでしょうか」
「分からん」
 身も蓋もない答えだった。依頼主は思わずがくりと肩を落とした。


 そんな依頼主を余所に、ザビエラは手札から眼を離し、開いた入り口から外を眺めた。
 ――そしてふと、あるものを見た。


 背の高い男。誰かを待つように隊商宿の回廊に立って、身長ほどもある細長い棒を携えている。
 そしてその前をちょうど通り過ぎて行ったのが、背の低い少年。頭の上に乗っかっているあれは何だろう、あの丸い帽子のようなもの。


 高と低、棒と球。
 それでもって確か、――あれは二人とも、この隊商の護衛。


「……あれじゃ!」
 ザビエラは思わず腰を浮かせた。
 突然の声に驚いた依頼主がびくりと身を強張らせる。構わず外を指さした。
「見てみんせ、あれじゃ。相反するもの」
「あ、……あ、あれですか」
「そうじゃ、さ、早う呼んで来んさい! 行ってまうけん!」
 さっきまでの無口さとはうってかわったザビエラの勢いに押されたのか、男は大慌てで立ち上がり、そしてその場で見事に転倒した。



  ※



「護衛の依頼なら、別段断る理由はないが」
 言って背の高い方の男――ムハンナドは、ちらりともう片方の、頭にルフ(帽子ではなかった)を載せた護衛を見やった。
「……組めと?」
 ムハンナドがそう零した瞬間、背の低い護衛の双眸は、きりと釣り上がった。
「何です、何か不満でも?」
「あんたのような子どもとで大丈夫なのかと思ったまでだ」
 温度の低いムハンナドの視線にかそれとも言葉の内容にか、ルフがふるりと身を震わせる。その主はというとすっかり機嫌を損ねた様子で、ムハンナドに向かって指を突きつけた。
「聞き捨てなりませんね、もう一度言ってみなさい! 誰が子どもですって?」
「あんたが、だが」
「あんたじゃありません、ヨミです。同業者の名前ぐらい覚えなさい、このおばかさんが! それに私は二十三です、れっきとした大人なんですよ!!」
 あれ、そうだったのか、とザビエラは思う。
 大人の年齢はよう分からん、とのほほんとするザビエラの前でしかし、護衛二人は早くも険悪な雰囲気になっていた。

 そのとき依頼主が、軽くザビエラの腕をつついた。
「……ザビエラさん、これで大丈夫なんでしょうか」
「占いでそう出たんじゃ、間違いはないじゃろ」
 あっさりとザビエラは頷く。それを見て依頼主は考え混んだ。

 ――本当に、この少女を信じていいんだろうか。
 いやしかし、彼女が頼りになるとは、もう数年懇意にしている呪術師から聞いた噂だ。ここは信じねばなるまい。

 そう自分に言い聞かせながらも、依頼主は軽く寒気を覚えずにはおれなかった。



 結局不安のやまなかった依頼主は、遺跡にまでザビエラの同行を望んだ。
 占い師としての責任感というよりは子どもの好奇心からだろう、彼女は眼を輝かせて応じた。
 かくて一行四人は、翌日の午後に、街外れの遺跡へと向かった。

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