相反するもの
日の傾きかけた遺跡は静まり返っていた。学者は少ない調査道具を自ら抱え、ザビエラは手ぶらでその隣を行く。
ムハンナドとヨミは分かれてその前後を守っており、一言も口を利かない。二人とも昨日の諍いで互いを見限ったようだった。
この調子でもし何かあったらこの護衛たちはどうするんだ、と、依頼主が昨日からもう何度目かの不安に襲われた――その時だった。
服の裾がずいと引かれた。
何かと思う間もなく地面に打ち付けられ、凄まじい力で引きずられた。
「っあ……あ!」
とっさにザビエラの腕を掴んだ。
小柄な少女はしかし何の支えにもならなかった。彼女は突然の負荷に耐えきれず転倒し、学者と揃って闇の中へ引きずり込まれた。
※
背後から学者の上擦った悲鳴が聞こえた。
何事かとムハンナドが振り返るのと、ヨミが声を上げたのはほぼ同時だった。
「ザビエラさん!」
見やった先、道の脇で、砂に埋もれた大きな岩の隙間でもがく足が見えた。
しかしそれもほんの一瞬、直後に土砂の崩れる音が響いて、砂煙が辺りを白く覆った。
(――しまった)
血の気が引くのを感じた。
「ザ、ザビエラさ、……ザビエラさん!」
ヨミが砂に咳き込みながら叫ぶ声が聞こえる。
クフィーヤの片端で口許を覆いながら叫び返した。
「何があった」
「あなたこそ見ていなかったんですか!」
棘も露わに返されたが、言い争う暇も惜しかった。
砂塵の中を急ぎ駆け戻り、その発生源と思われる辺りに目を凝らして、見えぬと悟って手を伸ばした。
手に触れたのは二つの大岩、その間を土砂が埋める。けれどもたった今積み重なったばかりのもののように、押せばまださらさらと崩れる。
どうやらこの岩の隙間に穴があったようだ。そこに学者とザビエラが、何かによって引きずり込まれた。そしてその勢いでか、穴の入り口が崩れてしまったのだ。
――全く、何という見落としをしたものか!
「ザビエラ!」
無駄かと思いながらも少女の名を呼んだ。数拍は無音、しかし暫くしてから何かが響いた気がして、穴のあった場所に耳を当てた。
すれば、女神に賞賛あれ、返る声がかすかに聞こえたのだった。
「ヨミ、ムハンナド……!」
良かった、穴全体が崩落したわけではないらしい。どうやら本当に入り口付近が塞がっただけのようだ。
――しかしそうは言えども、ムハンナドには全く手の打ちようがない。
唇を噛んでから、漸く止みかけてきた砂埃の中、ヨミを見やった。
「おい、あんたのルフでなんとか出来ないのか!」
すればヨミは、眉をひそめて軽く舌打ちした。
「仕方ないですね……これは貸しですよ」
その言葉に、ヨミの頭上のルフが身動きした。
「ムロムロ、大急ぎです、掘り出しなさい!」
主の命令を聞くや、ルフはすぐさま地面に飛び降りた。
そして凄まじい勢いで、穴の入り口を埋めた土砂を口に吸い込み始めた。
「……土のルフか」
「見れば分かるでしょう。こういう場には好都合です、感謝なさい」
いくらもせぬうちに、二つの岩の間には、大人ひとりの通り抜けられる程の穴がぽっかりと空いた。
「ふん、どうです」
頭の上に戻ってきたルフを一撫でしてヨミは得意げに笑む。
しかし返事をしている暇はなかった。ルフとその主人を無言で一瞥してから、ムハンナドは穴に飛び込んだ。
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