迷える人形
執筆:ムツホシラ(ヒィ)
挿絵:猫冶(ラス)/イケダ(イアマール)
ひらりひらりと人形が宙を舞う。
人形は水のような液体で構成されているのか、身体がうっすら透けており、向こう側が見える。
水の人形を操るは、水のジン。人形と共に彼も動き、長い銀色の髪が揺れる。

「あら、ラス。芸の練習中?」
ラスと呼ばれた水のジンは声のする方へ顔を向けた。水の人形も操り主と同じような動きで振り向いた。
声の主は赤髪の少女。様々な色や模様の布を両手一杯に抱えているが、慣れたものなのかしっかりとした足取りで階段を下ってくる。
「おや、こんにちは、イアマール」
ラスが挨拶すると共に水の人形も可愛らしく会釈をした。
「新しい街だからどこで芸をしようかと思ってね、スペースを探してるんだ。だから、下見兼練習中かな」
そう言うとともに、水の人形がラスのまわりをくるりと回った。

イアマールと呼ばれた少女は一番下まで階段を降りると、ラスの元へと近づいてきて彼の操る水の人形を眺めた。
「そう、奇術師も色々と大変なのね」
両手で持っていた布を片手にまとめるとしゃがみ込み、空いたもう片方の手を水の人形に近づけた。差し出してきたイアマールの手に水の人形の手が触れる。その瞬間、冷たいとイアマールが零した。
「そういうイアマールは買出しの途中かい?」
イアマールが持つたくさんの布に目を向ける。
「えぇ、スークの下見がてらね。思ったより良いものがたくさんあったわ」
水の人形に触れながら答えるイアマールに、それは良かったとラスが言った。

イアマールは最後に水の人形の頭を軽く撫でると立ち上がり、服の裾を軽くはたいた。片手に集めていた布を両手で持ち直すと、ラスに挨拶をする。
「じゃあ、練習がんばってね」
「ありがとう、イアマールも気をつけて帰るんだよ」
たくさんの布を持ち慣れた足取りで宿へと続く階段を下る少女を水の人形と共に見送る。

イアマールの姿が見えなくなったところで、気を取り直して水の人形の数を増やした。合計3体の人形がラスの周りを歩く。
「うん、ここなら充分演劇できるスペースがあるね…おや」
自分の周りを歩く水の人形に目を配っていると、石畳に転がる石の影に布の切れ端のようなものを見つけた。イアマールが落としていった布かと思い、近づいてそれを拾い上げてみる。
しかし、それはただの布切れではなかった。ラスの持つ水の人形と同じほどの大きさで似たような人型の布地の人形であった。布地はすべて薄黄色で、顔の部分に濃い茶色の糸で目と口の刺繍がされているだけの簡単な作り。ラスの作り出す水の人形と色違いのものように似ていた。
まじまじと見ていると、その人形は拾い上げたラスの手の中でかすかに動いた。操り人形の類かと思ったがそのような糸は見つからず、自身の持つ水の人形のように誰かが遠隔で操っているのかとも思ったが辺りには人影は無かった。

この人形はおそらく自ら動いている。とすると、ルフの類だろうか。
「きみは、ルフかい?」
そう問いかけてみるが、当然のように布地の人形からは返事は無い。かすかに、やけにぎこちなく動くだけ。
怪我でもしていて動けないのだろうか、そういえばこの布地の人形は薄汚れていて、更には数箇所穴まで開いていて中身の綿が見える始末だった。自分の作り出す水の人形と似た人形がボロボロな状態…なんとなく他人事とは思えず放っておけなかった。
「召喚士に見てもらえば何かわかるかな…ちょうどいいし、そろそろ宿に帰ろうか」
周りにいた水の人形を液状に戻し、布地の人形を手に持って先ほどイアマールが下った階段を下っていった。

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