迷える人形
隊商が宿泊している宿には中庭があった。砂漠にある街にしては緑の生えた中庭は眺めもよく、作業をするにはうってつけの場所だった。
宿の自室へと戻る途中、中庭を見つけたイアマールは今日はそこで作業することに決めた。

重い荷物を一旦自室へ置くと必要な道具だけを持ち中庭へと向かう。すると、ちょうど日陰になる場にテーブルと椅子があるのが目に入った。ひとまずそのテーブルを借りようかと近づくと、テーブルの影に宿の女主人がしゃがみこんでいた。何かを探しているようで、きょろきょろとあたりを見渡しては草を掻き分けている。

「あの…どうかしましたか?」
「うわっ…なんだい、昨日到着した隊商の子かい」
突然声をかけたことで驚かしてしまったのか女主人が飛び上がるように驚く。イアマールが驚かせたことに謝罪をすると、女主人は気にしなくていいよと軽快に笑った。
「いやね、ちょっと人形を探していてね」
「人形?ですか?」
女主人の話はこうだ。この宿には宿の看板ともいえる人形があるのだが、それを女主人の姪っ子が壊してしまったらしく壊したことがばれないように街に置いてきてしまったらしい。結局は人形が無いことで事態が発覚し姪っ子を叱って人形を取りに行かせたが、風が強かったせいかはたまた誰かが持っていってしまったのか、人形はもうその場から無くなってしまっていたそうだ。
それで、女主人が人形を探しているらしい。一応手始めに宿からということで、中庭を捜索していたそうだ。
「あんた、人形を見てないかい?布でできてて、こう、手のひらほどの大きさなんだが」
人形と言われると先ほど見たラスの水人形を思い出したが、あれは布ではない。第一、あれはラスが作り出したものである。
見ていないことを伝えると、女主人は残念そうな顔をしながら笑った。
「まあ、見つけたら連絡してくれよ。あの子はうちの大事な看板だから」
「分かった、注意しておくわ」
イアマールがそう答えると、女主人は別の場所を捜索するとのことで足早に中庭を後にした。
女主人を見送りながら、椅子に腰をかける。人形が看板とは、不思議なこともあるものだ。さぞや美しい装飾がたくさんついた立派な人形なのだろうか…もしくはこの街独自の織物が使用されているとか…。
未だ見ぬ人形に思いをはせながら、イアマールはひとまず自分の作業をすることにした。



宿の一室にいる、召喚士のヒィは疲れ果てていた。
体力・精神共にインドアである彼は街から街への移動で実に疲れ果てていた。そのため、街に着いた直後から宿の部屋に篭っていた。護衛に向いてないということは彼自身も感じているが、それでも召喚士以上に出来る職が無いので護衛に留まっているのである。
しかし、彼は無類のルフ好きでもあるので、ある意味天職ではあった。
窓から陽が注ぐ。
彼の所持する風のルフ達が彼に外に出ないのかと尋ねるが、ヒィはベッドの上でゆっくりと寝返りを打ち、
「……あとで」
と答えた。
まだ移動の疲れが残っているようだった。

コンコン

「っ!」
ぐうたらに引きこもるヒィの部屋にノックの音が響く。反射的に身を強張らせ、壁際まで後ずさりしてしまった。
誰だろうか…そう考えながら、ヒィは扉を開けることはしようとしなかった。見かねた風のルフ達が扉を開けようと扉の前まで飛んでいく。
「あ、ちょっ…」
風のルフを止めようとヒィはルフ達に手を伸ばしたが、彼の手を通り抜けてルフ達は扉へとたどり着き、いたずら顔でドアノブを回した。
ギィ、と音を立てて扉が開く。そこに立っていたのは、奇術師であるラスだった。風のルフを止めようと手を伸ばしていたヒィと目が合い、きょとんとする。ヒィは赤面しながら、慌てて手を引っ込めた。
「えっ…えっと、あの、これは、その…す、すいません…っ!!」
手を伸ばしていた理由を説明しようとし、言葉がまとまらず、結局謝ってしまった。その姿を見て、ラスがくすくすと笑いながら何故謝るのかと聞いた。
「あ、いえ…えっと…す、すいません…」
何故謝るのかという質問にさえ謝罪で返すヒィに苦笑いしながらラスは本題に入った。
「マリーヘに召喚士の居場所を聞いてこの部屋に来たんだけど、ちょっと時間あるかな?頼みたいことがあるんだ」
朝からずっと部屋に引きこもっている。更にこの後も特に予定は無い。時間があるかと聞かれれば、ちょっとどころじゃなくたくさん有り余っている。だが召喚士に用があるんだとすると、護衛の依頼の可能性もある。そうとなれば話は別だ、とてもじゃないが自分の手には負えないだろう。とはいえ、用件も聞かずに頭ごなしに断るのも…でも用件を聞いてしまったら断りづらく…
ヒィが難しい顔をして悩んでいる姿を見、安心させるようにラスの方から依頼の補足をした。
「そんなに難しい頼みじゃないから安心して、人形を見るだけだよ」
「…はい?」

一連のいきさつをラスから聞きながら、布製の人形を手に取る。人形のまわりを、ヒィの風のルフ達がくるくると回った。
確かにこれはルフ憑きですね、そう断言しながら悲しそうに人形を見つめ、話を続けた。
「媒体となっている人形を動かして活動するタイプなのかな…人形が壊れているせいで、上手く動けないみたいです。かわいそうに…」
はっきりと会話のできるルフではないようだが、かすかに感じる意思と人形の状態からそう判断する。かすかにしか動けない人形を、慈しむように撫でた。
「じゃあ、人形を直せば憑いているルフもちゃんと動けるようになるのかい?」
「えぇ、おそらく……」
ラスに問いかけられ、ヒィは再度人形に空いた穴を見つめる。最低限の裁縫は出来るものの、手のひらほどに小さい人形など直せる自信がなかった。ルフが封じられた大事な人形だと思うとプレッシャーがかかり、元々無い自信が更に減っていく。

人形を直せば良い。その結論が分かると、ラスの方から次の行動を提案した。
「じゃあ、イアマールにでも頼んでみようか。ルフもこのままじゃ可哀想だろうし、イアマールももう宿に戻ってるはずだ」
「…いあまーる、さん?」
「服の仕立てとかをしてる服飾商人の子だよ、赤髪の女の子。同じ隊商だから見たことはあるんじゃないかな」
ラスの言葉を聞いて、思い出すように心の中で復唱する。そういえば、言われてみれば、そんな子がいたような、気がする。…気が、する。隊商の人数が多い上にあまり積極的に人と係わり合いを持たないせいか、人の顔と名前が一致しないこともしばしばだ。
視線を落としたまま考えているヒィに、笑いながらラスが尋ねた。
「…私は誰だか、分かってるかな?」
「っ!!」
一瞬びくりと肩を揺らすと、ヒィはその場で硬直した。

「……」
「………」
「…………」
「……………」
ヒィはいっぱいっぱいな顔で床を見つめ、ラスは少し笑いながら楽しそうにヒィを眺め、更に風のルフ達が面白そうにそんな二人を眺めている。しばらく無言の空間が続いた。
意を決したように、ヒィが勢いよく顔をあげる。

「…ら、すさん…?」

顔を勢いよくあげたわりには答えに自信が無いのか、弱々しく言う。弱々しいが合っていた答えに満足したのか、ラスはにっこりと笑った。

「正解だよ、ヒィ」

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