三女子寄らば、
執筆:卍(ルマイキーヤ)
挿絵:汐越(ミルファク)/村崎(ロヤー)
●ミントティーと乙女会
 とある砂漠のとある町。とある喫茶店の女性スペース。一つの卓を囲む三人の娘の姿があった。町の往来で偶然出会った彼女らは、さる隊商の仲間同士の間柄。爽やかな芳香を漂わせるミントティーを楽しみながら、楽しげな笑い声を響かせる。
「わたくしのような新参者を、お茶に誘っていただいて。本当に光栄ですわ」
 ルマイキーヤが赤紫のベールの奥の目を細める。ロヤーは顎を両の掌で支えながら、その仕草を愛でるように眺めた。
「いつ入ったかなんて関係ないわよ。可愛い女の子とは、お近づきになっておきたいじゃない。これからもたまに付き合ってくださる?」
「ふふふ、ありがとうございます。喜んで」
「そう言えば、ルマイキーヤはどこに行ってたんスか?」
 ロヤーの隣で菓子をつまんでいたミルファクが首を傾げる。
「営業と市場調査をかねてのスーク回りですわ」
「お仕事ッスか! ひゃあ、大変スねー」
「ここはうちの流通ルートの地盤がない町なものですから。新規開拓するには、町の情報をしっかり掴んでおきませんとね」
 軽くルマイキーヤは溜息をつく。無意識の仕草のようだ。仕事は難航しているらしい。ロヤーはルマイキーヤの気分を少しでも晴らそうと、わざと大げさに相槌を打った。

「何となく分かるわ。踊るにしたって町の雰囲気って大事ですもの」
「ああ、ロヤーさんは踊り子をされていらっしゃるのでしたわね。……それでは、今日は町の雰囲気を調べにいらしたの?」
 するとロヤーは楽しげに、しかし首を横に振った。
「うふふ、違うの。今日は、服飾スークにお買い物。ね、ミルファク?」
「まっ、自分は買えないッスけどね!」
 なぜか自信満々にミルファクは胸を張る。ミルファクは不摂生のものと思われるクマを垂れ目の下にくっきりとつけた顔でゆるく笑った。その隣でロヤーは苦笑して肩をすくめる。惜しげもなく晒された肩の、艶やかな黒肌が美しい。
 二人の外見はまるで正反対の嗜好で、ルマイキーヤには二人で服を買いに行く状況が不思議に思えた。ミルファクは、髪はぼさぼさ、服は飾り気のない地味なもの。よく言えば快適さを追求、悪く言えば頓着のない残念な格好だ。対するロヤーは彼女は強い色合いの衣を、白から紫へと移り変わる髪と上手にあわせている。見目に気を使っているのは瞭然である。
 そんな考えが視線に出たのか、ロヤーが悪戯っぽく笑って、後ろからミルファクの肩を抱く。
「普段おしゃれに興味がない子を、コーディネートするのって、ワクワクしない?」
「へへへぇー。仕事でシャキッとしてる分、普段着はつい楽な方向にいっちゃうんスよねぇ。先立つものもないッスし。だからまあ、そんな良いモノは買えないんスけど、せっかくなんで!」
「なるほど。把握しましたわ」
「あ、そうだ。良かったらルマイキーヤも一緒にいかが? 買い物は人数の多いほうが楽しいもの! あたし、ルマイキーヤがどんな服を見るのか、興味があるわ。ねえ、どうかしら?」
 この町は、服飾大スークが有名である。この町を通るとなった時、おしゃれに興味のある仲間達が大いに盛り上がっていた。色々な服を着てみるには、うってつけの場所である。ルマイキーヤは食料スークへの行き帰り、横目で眺めてきたきらびやかなスークを思い出した。ルマイキーヤだって年頃の娘である。興味がないはずはないが、仕事優先で素通りしてきたのだ。むしろ素通りするために、わざと大スークを通らない道を通ってきたと言っても良い。――本来なら、市場を調査するなら、一番の繁華街も見ておくべきなのだが。
 そんな矢先にロヤーのこの申し出である。ロヤーにとって、女の子と楽しむ事は、何より優先する、一番面白い事なのだ。ミルファクも、行きましょう行きましょうと頷いている。ルマイキーヤのこの後の予定は隊商宿に戻って書類仕事だったが、避けてきた後にこの出会い。これはもう、今日の日の大スーク行きは女神が書かれたもうた運命なのかもしれない。
「そうですわね……、今日は仕事は上がりましょう。お供させていただきますわ」
「そう来なくっちゃ!」
 ロヤーが両手を打ち鳴らす。両耳の鈴が涼やかな音を立てた。

●大スーク交渉合戦!
 服飾大スークは市壁から神殿への目抜き通りにあり、男性用も女性用も、普段着から晴れ着まで、色とりどり、あらゆる服が店先から覗いている。壁や垣に掛けてぶら下がっているのもあれば、大きな台に乱雑に山積みされているものもある。三人は目に付いた店を覗いては、きゃあきゃあと騒ぎながら試着したり、身体にあわせたりと忙しい。
「ミルファク、これなんかどう?」
「えー、ちょっとかわいすぎないッスか」
「そんな事ないわよ? ボーイッシュな感じで素敵よ?」
「ロヤーは大胆なデザインもお似合いですのね」
「そうねぇ。このパターンの服は持ってないから、買っておこうかしら」
「そいやルマイキーヤってどんな感じの服が好きなんスか?」
「清楚で清潔。客様にご不快を与えないものが好ましいですわね」
「仕事はこの際離れましょうよ! もっと冒険しても良いんじゃない? ほら、これも似合うわよ」
「まあ……」
「おー、意外な取り合わせッス」
 ロヤーやルマイキーヤがいくつか品を購入する間、ミルファクだけは最初に自信満々に公言したとおり、試し着だけでやり過ごしていた。何度もロヤーが買うことをすすめていたが、そのたびにのらりくらりと笑っては買わずに店を後にする。
「もう。すっごく可愛かったのに!」
「いやあ、なにせ手持ちが少ないもんで。よっく吟味して、ベストの奴をゲットするんス」
 やっぱり買わずに出てきた後で、ミルファクはにへっと笑って見せた。ぼさぼさ頭の上をトカゲ型ルフのモカさんが行ったりきたりしている。
「資金の有効活用という点では懸命だと思いますけれど、あまり迷っていると買い時を逃しますわよ」
「やー、もうちょっともうちょっと」
「あっ、ちょっと待ってくださる?」
 そう引き止めるのが早いか、ロヤーは一軒の店に飛んでいった。普通の衣料品店ではなく、どちらかといえば晴れ着や舞台衣装――きらびやかな装飾の衣服がそろえてある店だった。
 ロヤーは迷わず、表にぶら下げてある衣装の中から黒いドレスを手に取った。大胆なスリットが入った裾には、植物を象ったアラベスク刺繍が施されている。後から二人が追いついたところで、ロヤーはそれをミルファクにあわせる。突然の事に当惑する本人をよそに、ロヤーは満足そうに頷いた。
「やっぱり、凄く似合うわ!」
 ルマイキーヤも息を飲んだ。布の色味が、ミルファクの焔色の髪にあいまって、なんともいえない優美さを醸している。目のクマを消して髪を整えればもっと良く映えるだろう。
 ……だろうけれど。
「……それは普段着にはちょっと……」
「あら、仕事着よ。ミルファクはあたしの同業者ですもの」
 ルマイキーヤはロヤーの言葉の意味を捉えかねた。
 思考三秒。
「え、ミルファクさんって踊り子でしたの?」
「でへー、よく言われるッス」
 照れ笑いを浮かべた後、ミルファクはロヤーの選んだ衣装を自分でも吟味する。
「確かに、もう一着仕事着欲しいなって思ってたところなんス。色味も雰囲気も今のとは違って……、ふむふむ。裾は回ったときに効果的ぽいっス。重みも良さげな感じッスし」
「身体のラインも綺麗に見せられると思うわ。胸元にいくつか飾りをつけてアクセントにして、あとは動きのある場所にコインをつければ見栄えもするし」
「うんうんそうッスね」
 ロヤーの意見を聞きながら衣装を眺める、ミルファクのその目は、今までになく真剣だ。
「やあ、良くお似合いで! 女神様が導いてくださったようにピッタリだ!」
 やり取りを聞きつけたのか、店主も店の奥からニコニコと顔を出した。聞きもしないのにその服の素晴らしさを延々と並べ立てる。布の産地がどうのとか、刺繍の造詣の良さ、着心地に動きやすさ。
「ほかの店ではなかなか買えない、いい品ですよ」
 と、満足げに締めくくる。ミルファクはやっぱり!と一言言うと、またやり過ごしてきたときと同じゆるい笑みを浮かべた。
「残念ッス、自分じゃとてもじゃないけど手が届かないッスよー」
 すると店主は明らかにつまらなそうに表情を変えた。態度もぞんざいに、また店の奥に入っていこうとする。
「ま、見るだけならタダだから、ゆっくり見ていってよ」
「ご主人、お待ちになって下さいましな」
 引き止めたのは、ルマイキーヤだ。
「ミルファクさん。ちなみに今自由になる資金はお幾らほどありますの?」
「え? えーっと……?」
 ミルファクは自分の服をあちこち調べ、貨幣を掌に取り出して見せた。ロヤーとルマイキーヤ、そして店主はそれを後ろから覗き込む。掌で貨幣がこすれて、切ない音色を響かせた。
 価格にして、銅貨二枚と銀貨一枚。
 おおよそ安物を一枚買えるかどうかの瀬戸際。そりゃあ胸を張って買わないと言い切るはずである。
 そうして誰もが押し黙る中、ルマイキーヤはぽつりと言った。
「この衣裳、これだけに負かりません?」
 驚いたのはロヤーとミルファクである。店主は真にすら受けなかった。彼は大声で笑って、
「面白いねお嬢ちゃん。それを言うならせめて金十枚から始めてもらわないと」
「あらわたくし、本気ですわよ」
 さらっと、さも当然の如く、ルマイキーヤは言い放つ。
「少し拝見いたしましたけれど、少々埃が浮いていますわね。もしかしたら不動在庫じゃありませんこと?」
 ぴくり、と店主の身体が強張った。
「それに。ジンの方にしか届かないような高い場所にお飾りになって。わたくしの見るに、惚れ込んで仕入れたはいいけれどなかなか買い手が付かず、仕方がないのでせめて目立つようにしておいたように感じますわよ」
「確かに目立つように飾ったさ。けどそれはお勧めの商品だからだよ」
 店主の物言いに険のあることを聞き取って、ミルファクはあわててルマイキーヤを引き止めた。
「ル、ルマイキーヤ。別にそこまでしなくても。本当に自分は見るだけで」
「あら。これぐらい交渉の序の口ですわよ」
 ルマイキーヤはアバヤの中で微笑んで、安心させるようにミルファクを眺めた。しかしその微笑みの奥に、何か末恐ろしい気配を感じて、ミルファクは一瞬、言葉を忘れた。
「わたくし、今までの品の中で、一番ミルファクさんが心惹かれたものだと思うのですけれど、違いまして?」
「そ、そうッスけど……」
「ミルファクさん、ここはわたくしにお任せくださいましな。物には買い時というのがございましてよ」
 余裕たっぷりにルマイキーヤは店主に向き直った。店主のほうも本当に嫌がっている、と言うよりは、ルマイキーヤの値切りの技量を探ろうとしているように見える。用心深く隙をうかがう、狼にも似た目つきになっている。
 ロヤーも商人同士の雰囲気に気づいてかどうか、一歩引いて観戦する姿勢をとった。
「もしかしたら、良い方向に動くかもしれないわよ」
「あわわ……」
 はらはらとはするものの、ミルファクには止める手段が思いつかない。ロヤーはルマイキーヤの後姿を眺めながら、そこに立ち込める気迫のようなものを感じ取っていた。
「商人の勘が、『いける』って教えているのよきっと。ここは、仕事の鬱憤、解消させてあげましょ」

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