乙女の依頼
「スィナン先生ー」
 コランサイファが天幕の入り口から呼ぶと、医師は振り返って目を細めた。
「おや、コランサイファさんじゃないですか。さっきアミナさんが来てましたよ」
「ほんと?」
「ええ、何でも少し痩せたそうで。身体周りの寸法が落ちたとか、喜んでましたね」
「えー、すごい!」
 あのお姉さん、本当に痩せたのか。頑張ったんだ。
「身体の調子も良いようでしたし、まああのぐらいなら痩せたといっても問題ない範囲でしょうね。上出来ですよ」
 そう評してからスィナンは、こちらに向けて首を傾げた。
「仕立屋からの帰りにまた寄ると言ってましたけど、しばらく待っていきますか?」
「わ、いいのー?」
 コランサイファの声にスィナンは頷き、取り出した皿に美味しそうな菓子を広げ始めた。
「お茶でもして待っていましょうか」
「わーい!」

 天幕に踏み入り、一番柔らかそうな座具にうきうきと腰を下ろして、スィナンの差し出した茶器を受け取った。
 入り口の戸布が持ち上がってアミナが顔を出したのは、ちょうどその瞬間だった。

 その顔がやけに暗くて、コランサイファは思わず目をしばたたいた。
 スィナンもまた疑問に思ったようで、ひょいと首を傾げた。
「あれ、どうしたんです」
「アミナさん、どうしたのー」
 茶器を置いて傍に駆け寄ったが、アミナは何も言わない。
 もしかして、と心配になって袖をそっと引いた。
「もっと痩せろとか言われたの……?」
 すればアミナは漸くふるふると首を振った。
「違うの、……あのね、前の方がいいって、言われて……」
「え?」
 ――どういうこと、なんだろう。
「どういうこと?」
 意味が分からなくて直裁に訊いた。
 それに対するアミナの答えは、コランサイファの予想を遙かに超えていた。


「さ、触り心地が悪い、って……」


 言った瞬間、アミナの目から涙がぶわっと溢れた。
「あの人最低だわーっ」

 そのまま子どもみたいに泣き崩れたアミナを見ながら、コランサイファは呆然と眼をしばたたいた。


 ……なんていうか、大人って。


 そこに苦笑して割って入ったのはスィナンだった。
「まあまあ、そんなに泣かないで」
 彼はしゃがみ込んでいるアミナの背を軽く叩いて、ちゃんとした座具の上に座らせた。
「そのまんまのあなたが良いってことなんですよ」
 微笑んで言いながら、顔をごしごしと擦るアミナにお茶の器を差し出す。
「僕だって妻に対してはそんなもんですよ」

 ――なるほど、そうなのか、と思って。

「だって、おねーさん」
 コランサイファはぐしょぐしょになっているアミナの顔を覗き込んだ。
「元気出しなよ。お菓子全部もらっちゃうよー」
 すればアミナはぱっと皿の上を見て、途端焦った声を上げた。
「あっ、だめ、あたしにも頂戴っ」
「じゃあ分けっこ!」

 そう言ってからちらりとスィナンの方を見た。
 コランサイファの視線を受けた彼は、細い眼をさらに細くして頷いた。




 〈了〉

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