青碧の地にて
執筆:櫟 戦歌(クライズクラウ)
挿絵:東野(サーティウ)/きせま(サッビアシャラール)
雲一つない、抜けるような青空が広がった日であった。
ふらりと人混みを抜け出し一人散歩に出掛けたくなる、爽やかな空気を感じさせる日であった。
そんな日に出くわしたこの出来事は、ある声を聞いたことから始まった。


「―…こら、いい加減降りてきなさい!」
耳に届いた高く響く声に、クライズクラウは足を止める。
足を止めたその場所に建物らしいものは建っておらず、ちょっとした広場になっているようだ。
街はずれなこともあり人気もない。そのせいもあるのだろう、その声は周りなど気にしないかのように頻りに響いた。
好奇心が疼いたと言うべきだろうか、気付けば声を掛けていた。
「どうしたんだ、嬢ちゃん」
そう問えば、空を見上げていた顔が咄嗟に此方に向けられた。琥珀色の瞳が大きく見開かれ、忙しなく幾度も瞬かせる。
どうやら、彼女はクライズクラウが傍に来ていることに気付いていなかったようだ。
周りなど気にしないというよりも、周りを気にする間もなかったと表した方が正しかったのかも知れない。
彼女は状況を理解すると、漸くその眼を落着かせた。
「…ごめんなさい、煩かった?」
「いいや、たまたま通りかかっただけだしな。…んで、どうしたんだぃ?嬢ちゃん、隊商の人だろ」
「そう、召喚士のサーティウ…なんだけど」
何処か居心地が悪そうに、彼女は視線を上に向ける。
「見回りをお願いしたら随分と高いところまで行っちゃってるみたいで、肝心のルフが帰ってきてくれないのよ」
サーティウは肩を竦めると、此方に一度断りを入れると、また宙を舞うルフに声を上げ始めた。
空を見上げれば成程、空高いところで黒い線が円を描いているのが見える。あれが彼女の言うルフなのだろう。どうやら声が届き難いところまで行ってしまったようだ。
ルフが気付くようにと、サーティウは声を上げながら腕を振る。すると翼を羽ばたかせた音が聞こえ、黒い羽根が舞落ちた。
「良かった、気付いたみたい」
クライズクラウの横で彼女は胸を撫で下ろした。
空高くあった黒の点が徐々に此方へと降りてくる。それが近付くにつれ、ルフが鴉の形を取っていることが分かった。
ばさり、と一度鴉は宙で身体を止めた。その音を合図とするように、クライズクラウの視界の端に何かが映った。
「おい!危ねぇ!」
「え?」
サーティウが振り返ると同時に、頭上から鈍い音が鳴った。

言葉を失くした二人の足元に、先の音の主が転がっていた。強く打ったのだろうか、先程から鴉は地に伏したまま動く様子を見せない。
そしてその横に、同じく動く気配がない人物が一人。
空で鴉とぶつかったことや、鈍い青緑の髪から覗く長く尖った耳を見るにジンだろうか。その表情は此方から窺い知ることは出来ない。


「……おい、大丈夫」
「オレのデーツ!!」


心配の声を掛けようとすると、突然そのジンはがばりと跳ね起きた。
丁度真正面に居たせいか、ぶつかりそうになったサーティウは驚き下がる。だが、それには全く目もくれず、手にしっかりと握りしめられた袋を見遣ると嬉しそうに微笑むのだ。
「デーツあった!オレのー!」
「ちょっとなによ貴方、行き成り…!」
「ラズロがネー、オレのなのに食べちゃダメって!でも追っかけてこないからオレの勝ち!」
余程そのデーツが嬉しいのか、僅かに浮き上がれば器用に宙で回転して見せた。
どうやら、彼はそのラズロという人物にばかり気を向けていたようで前を見てはいなかったようだ。
だが、今の様子を見るに怪我の心配はなさそうだ。最も、デーツに夢中なだけかも知れないが。

「………無事なようで良かったけど」
「嬢ちゃん、そっちばっか心配するのもいいけどよ」
遠慮がちにクライズクラウはサーティウに声をかける。
「こっちの心配もしねぇか?」
つ、とクライズクラウは示す。
示され失念していたことに気付いたのか、慌ててサーティウはそれに駆け寄った。
「ちょっと!」
何も心配することはないと言うような彼とは違い、彼女のルフは未だにぐったりと横たわったままだった。
打ちどころが悪かったのだろうか、幾ら呼び掛けても反応が見られない。
慌て鴉を抱える彼女の上に影が掛かる。そちらに目をやれば、先の彼がサーティウの上に移動していた。
「カラスだーカラス!元気ない?」
その声があまりにも緊張感を感じない、間が伸びた声だった為か彼女は彼を睨みつける。
「何よ、元々は貴方のせいでしょう!」
「え、オレのせい?」
「えぇ、そうよ!」
「そうかぁ…オレのせいなのかぁ…」
楽しげに浮かんでいた彼であったが、その言葉にすとんと地面に降り言葉なく静かになった。
随分と感情を身体で表す奴だと思う。
「まぁそう言ってやんなって。それよりもどうにかしてやろうぜ、召喚士だろ?」
「そんなこと言われたって!」


「もし……」
鴉を囲う三人を、皺枯れた声が訪ねてきた。

次のページ