隊商宿の一幕
執筆:mio(オルハン)
挿絵:たまだ(アルファルド)/菅李人(ヤズィード・ルトフィー)
隊商宿の昼下がり。
オルハンは自分に与えられた部屋の中で、もう何度目になるのかもわからないため息を着いた。彼の眼下に広がるそれなりに広い部屋は、溢れかえる荷に埋め尽くされていた。
「……さっぱりおわらねえ……」

立ち寄る町で商いを繰り返しているうちに、手持ちの香木や香水の量は故郷を発った時よりもずっと多くなっていた。
駱駝達の中に、調子が悪そうなのがいたのも無理は無い。積載量が限界だったのだろう。
これは一度整理する必要がある。そう思って、荷を一度に全て開いたことが間違っていた。ただでさえ嵩張る上に、一つ一つが細かい香木や香水、乳香〈リバーン〉といった品の整理は無駄に時間がかかるばかりだ。
実家の店から連れてきた手伝いはいるが、彼は追加の駱駝が買えないものかと慣れない街をさ迷っており、一向に帰ってくる気配がない。

これは、だれか手伝ってもらうべきか?がりがりと頭をかき、そのせいでずれてきたターバンをなおしながら、オルハンはもはや足場の少ない部屋をうろうろとさ迷った。
手伝い。しかし誰に?最初に思い浮かんだのは幼馴染の顔二つ。だが、彼ら二人に頼むことは作業を増やすだけだ。すぐに選択肢から抹消した。
考えが先行かなくなったところに、こんこん、と戸口の壁を叩く音が聞こえ、オルハンは振り返った。こちらを伺うように部屋の入り口の布の隙間から覗き込んできたのは、純朴そうな青年だった。

「ヤズィード。なんか用かい?」
「いま、大丈夫か?品を見せてもらいたかったんだ、が……」

ヤズィードは部屋の有様を見渡し、困ったような顔をした。オルハンもその沈黙の言わんとすることを理解し、苦笑せざるを得なかった。それくらい、この部屋は散らかっているのである。

「整理しはじめたら終わんなくてな……ちなみにどんな入り用だったんだ?」

ヤズィードから、香の香りはしない。常用はしていなさそうだ。

「贈り物がしたくて」
「へえ?誰に」
「女の子に」

あっさりとヤズィードは答えた。

「それなら香水か、香〈バフール〉か…良いのがあることはあるんだが、よ」
女性に喜ばれそうな商品の当てはいくつもあったが、この荷物のどこに今それがあるのか、すぐには見つけられそうにない。あの山の中か、それとも窓の下の塊の中か。
ふとオルハンは、ヤズィードの職業に思い当たった。
「あんた、見習いさん、だったよな。今仕事は?」
「今は特に何も頼まれて無い。じゃなかったら、ここにはこないさ」
「どうだ、ちっとこの荷物の整理、手伝ってくれねえか?あんたの欲しい品も、手伝ってくれたら、そのうちでてくるだろうからよ」
「わかった」
ヤズィードは二つ返事で引き受けてくれた。どうやら見習い業とは、本当にこんな手伝いばかりのようだ。ありがたいとぱんと手を胸の前でひとつ鳴らして、オルハンはヤズィードに指示を出そうと、荷物の山に向かった。

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