隊商宿の一幕
「あとどれくらいあるんだ?」「これで……まだ半分は終わってないかな」
二人で整理を始めて一刻。作業は思うったほどには進まなかった。オルハンが選別した商品をヤズィードに詰め直して梱包し直してもらうのだが、なにせ箱の量が多い。如何せん割れ物や貴重品が多いので、一人一人の作業速度には限界があった。
「お邪魔します!」
「ん?」
そんなところに突如として飛び込んできたのは、黒を基調とした服に身を包んだ男だった。護衛のアルファルドだ。隊商でも古参の一員である彼は、戸口の布をそっと指で押し開け、神妙な様子で外を伺っている。
何事か、と、オルハンとヤズィードもぽかんとその様子を眺めていた。
「……よし、巻いたな」
よからぬことを呟きながら、アルファルドは一仕事終えたかのようにかいてもいない汗を拭い、ふうと一息ついた。そしてオルハン達に向き直った。
「…ってあれ、なんだこの部屋、すごいことになってるなー」
視界に広がるとっちらかった部屋の様子に、アルファルドは笑った。
「盗みにでも入られたのかぁ?」
「ちげえよ、整理中だ」
オルハンは、小さな香木片を詰めた袋を同じ価格帯で揃えて箱に収めながらそう答えた。
「あんたこそどうした、なんか買ってってくれんのか?」
「俺はほら……あれだよ」
「見回りをさぼったのがばれたのか?」
ヤズィードの指摘に、アルファルドは明るく、はははと笑った。笑うだけで返答が帰ってこないので、図星なのだろう。
「世話役、かい?」
「ははは……」
少し小さくなった笑い声は、肯定と捉えていいのだろう。なるほどこの隊商の世話役は、
手達の護衛を以ってしても敵わない女性のようだ。
壁に寄りかかったアルファルドに、猫の手も借りたいオルハンは声をかけた。
「さぼってっていいから、せっかくだしこっち手伝ってみねえか」
「いやー、遠慮する」
面倒臭そうなアルファルドにその気は無いようで、がんばれーと荷と二人を見渡し、手近にあった香水瓶をつまんで見せた。
「……ヤズィード、次これ頼む」
一人手助けがいるだけましだろう。とりあえず、閉じれる荷を閉じてしまおうと、オルハンは適当な箱をヤズィードに渡した。
「ん?」
オルハンが手渡した箱を覗いて、ヤズィードが首を捻って見せた。
「オルハン、なんだこれ?」
「ん?」
ヤズィードが指差した箱の中には、布につつまれた手の平大の包みがいくつか入っていた。細長いものもあれば丸いものもある。その中のいくつかが、その包みは中から発光しているかのように、きらきらと輝いていた。
貴金属の光にしては、やけに眩しい。
「ああ 多分魔道具だ、触るなよ?」
「魔道具?」
予想外に、アルファルドがその言葉に反応して、声を出した。
「ああ、朱の天蓋で貰った奴かな。俺はどうしようもねえから放ってあったんだが、従者のジーニーが管理してたみてえだな、まだ売っぱらってなかったのか」
「へぇ」
アルファルドはそれに興味津々の様子だ。ヤズィード越しに、箱を覗き込んできた。
「アルファルド、気になんのか、これ?」
「アルフは魔道具集めが趣味だもんな」
ヤズィードの言葉に、アルファルドはまあな、と笑った。
「ま、俺には使えないんだけどな」
「不思議な趣味だな」
香炉の隙間に緩衝材を詰めながら、ふとオルハンは思い付いたように顔を上げた。
「アルファルド、手伝ってくれたら、それやるよ」
「え?」
「市価じゃあ金貨積まねえと買えないアレを商売人がただでやるってんだ、悪い話じゃねえだろ?天蓋でお代の代わりに貰った品だ、もちろん一級だと思うぜ?」
「でもなぁー」
「いらねえんならあとで売っぱらってくれてもいい。なーに、ヤズィードと一緒にここにある荷物整理するだけだ、たいしたこたぁねえだろ」
実際の価値がどうだったかなんて覚えてもいないが、どうせ使い道もないのだ。そもそも商品でもないもので手伝いが増えるのなら、そっちの方がずっとありがたい。
「ついでに言うと、手伝ってくれりゃあマリーヘさんにはなんも言わねえよ」
多分その一言が一番効いたのだろう。アルファルドが、ようやく頷いた。
「この荷物片せばいいのか?」
「そうそう。頼む」
「…じゃあちょっと、手伝うわ」
「ありがとな」
オルハンは、梱包前の香木の箱を、アルファルドに手渡した。
「割れ物多いから気をつけてくれよ?」
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