天使のガラスは雨に輝き


執筆:ワハル(卍)
挿絵:ナーターン(小此木)・リラ(黒百合)



――――
 むかしむかし、

 遥か遥か天の上 女神に仕える一人の天使が 地上の娘に恋をした
 天使の想いは清らに満ちて なんとも尊きものであったが
 地に居る者と 天に住む者
 それらの婚儀は 出来ぬ契約(やくそく)

 やがて想いは罪にかたむく
 全ての仕事を投げ打って 天使を地上へ向かわせた
 罪は必ず罰と変ずる
 天使の身体は星と化し 砂漠に落ちて 千々に砕けた

 天使の哀れな亡骸を
 いと高く 慈悲深き女神は ご覧になられ
 地上に雨を降らしたもうた
 彼(か)のこれまでの仕事(はたらき)の この雨こそが報いであると

 慈雨は砂漠に降り注ぐ
 天使の亡骸 雨に洗われ 日の光に輝けり
 通りかかったかの娘 美しき亡骸見つけ拾いて それで自身を麗しく飾った


 こうして天使は 娘の傍に
 彼女が天に昇る時まで


 ああ 慈悲深き女神を讃えよ 女神の為に日々を働け 必ずや汝の身も報われるだろう――
――――



 曇り空の彼方から、数え切れぬ女神の雫が注いでいる。
 急に降り出した刺す様な水つぶての中、三人の旅人が進んでいた。
「宿を出る時にはあんなに晴れていたのに」
「な、降ったろう」
 空を浮いて進むジンはどこか自慢げに、そう供の二人に言った。先頭を行く、一番年若い少年が、ラクダの上から振り返る。
「こういうのって魔法で分かってしまうのですか?」
「ふむ、と言うよりゃ匂いだな。空が湿気る匂いがするのよ」
「へえ!」
 少年は興味津々と言った様子で、ジンの話に耳を傾ける。もう一人の青年は、やはりラクダの上に居て、穏やかな笑みを浮かべてそのやり取りを聞いている。彼は顔立ちや仕草があいまって、女性のようにも見えた。
「あれ」
 しばらく行ったあと、ふいに少年がラクダを止めた。
「……どうされました?」
「何でェ、迷ったか星読み?」
 青年が問いかけ、ジンはからかうような笑みを浮かべる。少年は難しい顔をして、今までやってきた道のりと、これから行こうとしていた方角とを見比べた。
「次の目印が、雨にかすんで見えないんです」
 間違ってはないはずなんですが、と少年は言い、角度から目的の方角を割り出そうと試み始めた。隊商の先導としてそれなりに仕事をこなしてきた彼であったが、太陽さえも雲に隠れている今、方角はとても掴みづらい。
「構やしねぇ。適当に行きゃあそのうち着くだろ?」
「駄目ですよ。こういう時に勘に頼れば、万一間違った時、取り返しがつかなくなります」
「焦る事でもなし、ゆっくりと待ちましょう」
 三人には周辺の土地勘がないのだ。ジンは口の中で何事か文句を言ったようだが、強行しようという意志はさほどないようだった。穏やかな青年の声を聞きながら、空に胡坐をかき、雨に煙る砂の大地に目をやった。
「ま、こうして雨の砂漠をゆるりと眺めるのも、たまにゃあいいかもしれねぇな」
 集中している少年に遠慮して、と言うわけでもないが、会話は静かにやむ。
 青年はその間、自分に降り注ぐ雨粒を眺めていた。出掛け前にジンは、少年と青年に水避けの魔法を掛けていた。だから、雨に体温が奪われない。太陽の熱もない砂漠は、足場と視界が悪い以外は、涼しくて快適だ。
 冷たくもなく弾かれる雨粒はどこか、ガラスのようにも見える。
「『天使のなきがら』でビーズを作れば、この様な感じかもしれませんね」
 計画通り、探し物が見つかったなら、ガラス工芸職人の見習いである相棒に小さく削ってもらって、一つブレスレットを作ろうか、そんな事が頭をよぎった。


 そもそも、彼らが雨の砂漠へ出る事になった理由を知るには、一日ばかり時間を戻さねばならない。


 その頃彼らは、長い砂漠の旅の果てに辿り着いた、隊商路に沿って建つ隊商宿にいた。三人は宿の中庭にしつらえられた、噴水を眺めていた。
 多くの隊商が宿泊や出立の用意をする場所ゆえに、隊商宿の中庭と言えばいつもどこでも忙しない。噴水はその中で、高々と空に水飛沫を舞わせて、はたまた清らな水音を響かせて、人々を楽しませる。
 けれど、彼らの関心は今、噴水そのものにはなかった。


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