依頼
<その歌を>それは静かな場所だった。
通路の終点、ぽっかりと開いた円形の広場。広場と言ってもそう広くは無い。ぐるりと円く壁で囲まれた最奥に、絵を刻んだ少し大きめの石碑が立っていた。その前には石版が置かれ、何か小さな文字らしきものと楽譜が書き込まれているのが見えた。ふと気付いた少年が、突然何かに走り寄る。かあさん。アクラムが叫ぶ。母さん。
アクラムが石版の前の地面から拾い上げたのは、小さなイヤリングだった。右と左。母さんのだ、と少年は声を詰まらせる。父さんが上げたイヤリングだ。間違いない、母さんの。
そのほかには何も残っていない。何も無かった。僅かにその周囲より土が盛り上っているように見えるだけで。
ソティスは何度目だろう、やはり何も言えなかった。
マリアールは目の前の石碑を見ていた。
二人のジンの絵が画かれていた。
少年の姿をしたジンは、楽士だろうか。手に楽器を携えている。
隣に立つ少女のジンは伝承にあるとおりとすれば、詩人なのだろう。真っ直ぐな長い髪を垂らし、胸の前で手を組む形に画かれていた。歌っているところだろうか。
呪術師の左手が石版に刻まれた文字をなぞる。
伝承にある、二人の記念の碑のようですね。
マリアールは絵から目を離し、今度は石版を見た。
記念の碑というより、これはどうも墓であるらしい。
水のジンが生を終えた際、亡骸を残さぬ彼のために町の人々が造った追悼の碑。
石版の半ばに矢張り譜面が刻まれている。まるで子守唄のような旋律だった。
今までの通路にあったものの続きだろうか、やさしい調べだとマリアールは思う。いつか誰かが歌ってくれたような歌。どこかでずっと探していたような、うた。
最後だけ少し、歌詞が添えてあった。
数行のそれを。
マリアールは胸の前で手を組み、静かに息を吸い込む。
うたう。
あ、もしかしたらそれを歌いきると…と石版を読み終わったらしき呪術師の呟きが聞こえたか聞こえぬかのうちに、覚えのある振動が足に伝わった。
「もしかしてこれって」
もはや何度目か、引き攣るそれぞれの顔を見合わせる。哀しいかなその予感は外れなかった。
「うっわああああ!!」
「逃げろおおお!」
周囲を囲む壁がぐらりと揺れて、がたがたと崩壊を始める。何でだ! と疑問を叫ぶ間も惜しく、ソティスは咄嗟に慌てて立ち上がろうとするアクラムと動揺して転んでいるマリアールを引っ張り上げた。兎に角二人の腕を掴み、元の道へと走りこむ。少し遅れてバッサームが通路へと滑り込んだ瞬間、最後の扉の向うは完全に崩れてきた石壁と流れ込んできた土に埋まってしまった。それを、アクラムは茫然と眺めた。

崩れていく壁の向うで、誰かがうたっていた、気がした。
(どうか私の傍に来て)
(そして静かに眠らせて)
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